東急が育てた街並みが広がる『たまプラーザ・あざみ野』

瀟洒な邸宅が立ち並ぶ、美しい住宅街が広がる『たまプラーザ・あざみ野』エリア。実際にこの街を歩いてみれば、整然とした計画都市としての美しさを感じるとともに、他の沿線・地域とは何かが違うと思われるだろう。
この差異こそが『たまプラーザ・あざみ野』エリアの魅力の一つであり、その類稀な環境は地域住民の努力と、開発主体である東急グループによってもたらされたものなのである。この環境を形成した要因として、東急グループによって進められた「多摩田園都市構想」が大きく関わっている。
ここで「多摩田園都市」と『たまプラーザ・あざみ野』エリアの歴史を振り返ってみよう。

「多摩田園都市」とは、神奈川県内の東急田園都市線沿線に広がる東急グループが主体となって開発したニュータウンを指し、民間開発としては日本最大級の新興住宅地として知られている。開発が概ね完了した現在では約58万人(2007年4月1日現在)もの人々が住む、巨大な都市空間が形成されている。
元来、大山街道(現・国道246号線)沿いの集落以外は多摩丘陵の豊かな自然林に覆われていた『たまプラーザ・あざみ野』エリア。その状況は第二次大戦後しばらくまで続き、東京や横浜から程近い環境にも関わらず、鄙びた環境下にあった。
このエリアを大きく変えるきっかけとなったのが、1953年に五島慶太・東急電鉄会長(当時)によって発表された『城西南地区開発趣意書』である。この趣意書を元に現在の東急田園都市線沿線での開発方針が示され、それが「多摩田園都市構想」へと昇華した。それは開発総面積5,000haにおよぶ、前代未聞の巨大なプロジェクトだった。
「多摩田園都市構想」は、未開発だったエリアに単なる住宅地を造成するのではなく、緻密な計画を元に多層的な都市機能を配置した、ひとつの“都市”を創造する、という大胆で、そして当時としては最先端の考え方であった。
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