讃岐饂飩 元喜 (さぬきうどん げんき)

素朴な風味の関東風も、つるりとした喉越しの東北風も、やわらかい口当たりの関西風や九州風もよいが、うどんの王様は、やはり“讃岐うどん”だろう。コシがあって、みずみずしく、噛むたびに小麦の香りを楽しめる讃岐うどん。シンプルなおいしさで、ときどき猛烈に食べたくなる。しかし、本場・讃岐(香川県)以外、とりわけ東日本では讃岐うどんを出す店を探すのは難しい。あっても現地のそれとは似て非なるものだったりで、おいしい店を見つけるのは困難だ。

文京区千石にある『讃岐饂飩 元喜(げんき)』は、香川県出身者やうどん通から熱い支持を得ている、東京では貴重な讃岐うどんの店。平日のランチタイムは近隣で働くサラリーマンたちで大盛況。休日のランチタイムは噂を聞きつけて他地域よりやってくるグループや家族連れでにぎわっている。

讃岐饂飩 元喜 (さぬきうどん げんき)

多くの人を引きつける、『元喜』のうどん。それを作る大将は、讃岐でなく近江(滋賀県)の出なのだそうだ。しかも店を開く前は、飲食業とはまったく関係のない企業に長く勤めていたという。

大将が讃岐うどんに出合ったのは、香川県高松市への転勤がきっかけだ。瀬戸大橋もなかった当時、岡山県玉野市と高松市を海上で結んでいた「宇高連絡船」の甲板上で食べたうどんに感銘を受けたのだそうだ。

「専門店のうどんでもないので、いまにしてみると極上の麺ではなかったでしょう。でも、瀬戸内海を渡りながら食べたあのうどんは、いまでも忘れられないですね」

転勤してからは、うどんに魅せられ、食べ歩く日々。再び東京勤務の辞令が出て、戻ってきても、讃岐うどんの良さをあちこちで語っていたという。人生の岐路に立ったとき、新しい幕開けをうどんとともに始めることを決心。香川県に本部を持つうどんの学校で学び、頼れる師匠を得て、この『元喜』をオープンする運びとなった。

それにしても、なぜ大将はこの地に店を開いたのだろう。「このあたりはけっこうな住宅街でありながら企業もそこそこある、昼の人口と夜の人口の数のバランスがよい地なんですね。ほかにも有益なデータを師匠にいろいろ教えてもらいました。ここに決めるまで、400軒もの物件を見て回ったかな」
なんと、綿密なデータに基づいての開業だったのだ。讃岐うどんの店ではあるが、「さすが“近江商人”の地のご出身!」と、舌を巻いてしまう。それと同時に「千石から駒込、巣鴨あたりのこのエリアは、昼もにぎやかで夜も人通りのある、安全な地なのだな」ということを改めて実感する。

『元喜』はうどん屋という形態だが、店舗の造りはなかなかスタイリッシュ。女性ひとりで立ち寄り、お酒を1杯と一品料理、締めにうどんを食べても、十分に格好が付く。

讃岐饂飩 元喜 (さぬきうどん げんき)

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