再開発が進む川崎
比較的平たんな地形に加え、海および河口に近い立地が多くの企業の注目を集めてきた街・川崎。江戸期には東海道が通り、明治期初頭には鉄道も開通。世界的な港町・横浜からもそう遠くないことから、周辺には大企業の工場が林立。時代の流れとともに、大いなる発展を見せていった。
昭和47(1972)年には政令指定都市となり、日本有数の名実ともに大都市へと成長。その後、川崎市総合計画「2001かわさきプラン」が策定されて川崎駅周辺地区を都心として位置づけることとなり、このエリアの再開発が本格始動していく。

いち早く着手されたのは、駅の東口や北口方面。昭和50年代に入り、いまも憩いの広場となっている「川崎駅東口広場」、1日平均で25万人もの人出を集める地下街「アゼリア」など、快適さにあふれるスペースや暮らしで便利な施設が次々に整備されていった。
平成の時代に入ると、図書館の分室なども入っている「タワー・リバーク」や、グレードの高いシネマコンプレックスなどで人気の高い「川崎DICE」などが登場、市内外から集まる川崎のまちへの注目度もがぜんアップしていった。











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